幕間 22章 TOP



21章 旅の同行人




ラミさんとは明夜、もとい光奈の部屋まで案内してもらったところで分かれた。
『コンコンッ』
「光奈ー? 入るよー」
部屋の扉を開けると目に入ったのは白い書類のたくさん積まれた机だった。
書類の山から光奈が顔だけ見せた。
「あ、みんな。ごめん、ちょっと待って」
そう言ってまた光奈は書類の山の中に隠れてしまった。
「どうしたの、この書類の山……仕事?」
「こんなに溜まる前に片付けなさいよ」
今にも落ちそうなくらい不安定だなぁ。大丈夫?
鈴実の言葉に苦笑しながら光奈はまた書類の山から顔を覗かせて言った。
「早々だけど、またみんなに頼み事があるの。机の上にあるものはその関連のもの」
え、これ全部が一つのこと? 量が多ければいいってわけもんなのかなあ。単にまとめきれてないだけじゃないの?
「それで?」
美紀が書類の山に呆れつつ聞いた。どうやったらこんなに溜まるのよ、って顔してる。
「とりあえず、これを読んでて。今回の頼みは他国絡みなの。だから書類がたーくさんなわけ」
「どうして?」
「どういうわけか他国からの書類は意味もないものの量が多くて。で、これは重要事項をまとめておいたもの」
そういって光奈が渡したのは日本語でも英語でもない文字で書かれているものだった。あれ、これって。
「ふぅん……って、何なのこの文字?」
美紀が紙に顔を近づけて凝視しながら首をひねった。そんなに顔寄せてると近眼になっちゃうよ?
「私、この文字見たことあるよ」
でも見たのってどこだっけ。……あ、そうだ。確かあの迷路のヒントの文字!
「それ、この世界の共通語だよ? 皆も喋ってるじゃない。……厳密にはそうじゃないけど、読めるから問題ないでしょ?」
光奈、それってアバウトすぎるよ。読めるならそれで良いって。
「うん、そうだけど」
「でも、どういうこと?」
つまりかけていた私の言葉を鈴実が続けた。
「この世界ではね、魔法の力でどんな生物の言葉も通じるの。だから種族が違っても、別世界から来ていても、言葉は通じる」
え、そんなのアリ? そんな便利なことになったら、翻訳家とか通訳さんがやってけないよ。
この世界にはそういう職業で身を立ててる人とかいないのかな?

「どういう原理かは学校でも習えるけど、正確かどうかはわからないみたい」
そう言って光奈は、でもこんなとこで一人ぽつりと習うよりは楽しいよ、と付け加えた。
「この世界にも学校があるの?」
でもこっちの学校は楽しそうだな。光奈が学校の事を話してるとき、楽しそうな顔をしてるし。
「もちろん。一人の弟子に一人の師なんてつけてられないでしょ。それにそうなると極められる数も人も限られてくるから」
「へえ、効率性を考えたのね」
「そゆこと。私も通っててね、そのおかげで自分の得意分野以外の魔法も使えるようになったの」
光奈は喋る傍らでそれまで目を通していた書類を机においた。
『パチン!』
光奈が指を鳴らすと空中に小さな炎が現れた。呪文も唱えずに。
「おおっ! 手品だ……ってあ」
でも、すぐに消えた。光奈は火を操るのは苦手なの、と乾いた声で笑った。
「でね? 学校だと呪文を唱えなくても使える魔法とかも教えてるの。私は、まだこれくらいしか出来ないけど」
また光奈は書類に手をつけた。その前にしっかり私たちにクギを刺してから。
「しっかり読んでおいてね」
書類なんて読む気がおこらないんだけど……でもせっかく光奈が一枚にまとめてくれたんだし。
ちゃんと読まなきゃ悪いよね。光奈だって再確認のためにか、まとめるために一度は読んだはずの書類に目を通してるんだし。
「えー、と。国の為の反乱……?」
読み間違いかな。そんな物騒な話、ないよね。うん、ないない。
題名を読み返したけどやっぱり国の為の反乱ってある。はい? どういうことですか、これ。
「は? おいおい、そんなバカな話があるわけ……あったぁぁぁっ!」
靖が私の手の中にある書類をひったくてよく見たけど、結果は同じ。
私だけが読み間違えたわけじゃないみたい。でもおかしいよ、なんで反乱なの?
それって戦争とまでは言わないけど軍事行動だよ。
「これって、どうなってるの? 反乱って、成功しないものだよ。え、反乱? それでも反乱?」
レリも何回か文を読み返して首を傾げた。いやそれはちょっとズレてるよ。
「私が知るわけないじゃない!」
「俺だって知るか!」
「うわっ、二人共パニック起こさないでよ!」
そういうレリだって! なんで戦争なんかおこすの? 大規模なの小規模なのそれ? だれか詳しく教えてってば!
「美紀、この三人は駄目だわ。使い物にならない」
「そうね。私たち二人で読んでおきましょう」
美紀と鈴実は呑気に構えてるけど。でも反乱を起こす人の気が知れないよ!





私達のパニックが治まって、ようやく光奈が説明してくれた。それなら最初からそうしてよー。
「今回やってもらう事をすごく簡素にまとめると。
隣国のカース=デッサムさんからの手紙をデリス山にいるキリ=ルイスさんに届けること。
でもそれだけじゃわからないだろうから地図を使って説明するね」

やっぱり読み間違いだったの? 全然反乱とは繋がってない。
良かった。もし反乱の手伝いをしてくれなんて言われたらどうしようかと。
そういえば、この世界にはちょっとしかいなかったから地理とか全然わからないし。
そう思ってたら光奈がすっすと略図を書いてた。とっても簡単。略図だから当然だけど。
「ここが今私達のいる国、ルフェイン国の首都マージュ。ここから半日北上してシェル国の首都エジストでカースさんから手紙を預る」
「うんうん」
「エジサトから三日歩いて南西のデリス山に行くの」
「うん」
「あ、カースさんは国の要人なの。国で一番偉い人だけど、良い人だから。よく笑ってるし」
「へー」
光奈は略図に経路を書き加えた。エジストからデリス山まではただ道のりが長いだけに見えるんだけどなぁ。
よく笑う偉い人かぁ。しかも良い人。人を馬鹿にしないような人なのかな。
「これだったら別に頼むまでの事じゃないんじゃないか? 自分が行けれないのなら部下にでも頼めば」
靖が言った言葉に皆首を縦に振った。確かにそうだよね。部下くらいいるよね。
「エジストからデリス山までの道のりにかなり難があるのよ」
『ガチャッ』
ドアが開いた。いるのは……衛兵さんと、鈴実より少し背の高い子。染めてるのかな?
髪が黄色から緑になってて、女の私でもびっくりなくらいサラサラで綺麗。良いなー。
「光奈、何の用? いきなりキョウさんに城まで連れてこられたんだけど。あれ? 鈴実ちゃんとレリちゃん?」
ふぇ? この子、鈴実とレリの知り合いなの?
「キュラって光奈と知り合いだったんだ?」
「うん。あ、キョウさん。ここまでありがとうございます」
「いい加減道を覚えろ」
そういって衛兵さんは去って行った。ドアをちゃんと閉めてから去っていったのが律儀っぽいなー。
「これで皆揃ったわね」
「どういう事なのよ。その前に誰なの?」
美紀が今度は光奈にきいた。
「キュラだよ。前この世界に来た時森で迷った時に町まで送ってもらったんだ」
「そういうこと。つまり、今回はキュラも一緒って事なのね?」
その一言が何かの火蓋を切って落とした。

「迷ったの? 意外だなー。鈴実が迷ってたなんて信じれないや」
「でも確か鈴実が前にそんなこと言ってなかった? 清海」
「あ、そういえば。あの時はパクティの行動の謎でうやむやになっちゃったんだよね」
「え、いつの間にそんなこと話したの? あたし初耳だよ」
「レリはちょうどラミさんのとこに行ってた時に話してたから知らなくても当然よ」
「あの時はありがとう、レリちゃん。僕一人じゃ今頃ここにはいなかったよ」
「あの時のキュラほんとにやばかったよねー。死にかけてたし」
「レリ、結局あの湖の中で何があったのよ?」
「うん? あー、あの湖でね、水中植物に絞められてたんだよキュラ」
「絞めるって……肉食の植物じゃあるまいし。っていうか何? 植物に意思あったの?」
「ううん、ないと思うよ美紀。だって千切っても千切っても絞めるのやめなかったし」
「意思があっても絞めるのやめるとは限らないんじゃないの?」
「あ、そっか。清海の言うこともあたってるかも」
「まさかレリちゃんが怪力だったとはねー。僕はもがくので精一杯だったのに」
「でも、その割には息整えるの早かったよね。キュラ、肺活量はすごいんじゃない?」
「僕、腕力ないから。一応、鍛えてはいるんだけどね」
「ちゃんとした腕立てしてるの? あれ、正しい姿勢じゃなきゃ意味ないのよ」
「腕立て、とかはあんまりやってないなぁ」
「じゃあ腕立て五十回一日二セットからやってみたら? 結構鍛えれると思うよ」
「う……が、がんばるよ」
「まあ、腕立てじゃなくても毎日ケンカするっていうのも良いよ」
「………」
「レリ、そんなの負けたらやばいよ?」
「えー。良い訓練にもなるよ? 清海だってキレたら完全無敗なんだし」
「キレると母親の遺伝が強くなるのよね清海って」

迷子から始まった飛び交う話し声。ちゃっかりキュラも混じって会話してる中、靖と光奈だけが取り残された。
「おい……お前らなぁ、説明聞けよ! だからエジストからデリス山までで何が問題なんだ!?」
靖がちょっと待てと会話に歯止めをかけた。あ、そうだった。話がかなり逸れてたよ。失敗失敗。
「あー、えっと。砂漠があるの。越えるのに三日くらいかかる。砂漠には巨大蠍がいてね。まぁ、これは良いとして」
えー? 砂漠なんて歩いた事ないよ、私たち。砂丘にすら行ったことないのに。
光奈はさらっと巨大蠍のこと流したけど、それってどれくらい大きいんだろ。三十センチくらい?
「ザバニ砂漠のこと話してるの? もしかして」
「ええ。キュラも聞いてね? 厄介なのは砂漠の民族。戦闘能力がとっても高いの」
「砂漠の王者とも呼ばれてるよ。蠍の猛毒を武器に塗ってる。敵にまわして生き残れた人はいない。好戦的なんだ」
キュラも説明に加わって、詳しく教えてくれた。蠍もめじゃないんだよね、その人たちにとっては。
つまり砂漠で最強の部族ってこと? うわあ、じゃあ絶対に遭遇しないように願っておこう。
「なあ、巨大蠍って一体どれくらいでかいんだ?」
「えーっと、どれくらいだったかな……」
「確か高さが二メントルくらいだった。全長は三メントル。子供でも最低これくらいはあったよね」
なかなかすぐには答えられない光奈に代わって、キュラが手で一メートルくらいの高さの所まであげた。
「あー、そうそう。それくらいはあったわ」
子供でそれだと……襲われたら絶体絶命なんじゃないの? それよりも厄介な民族って一体。
「それくらいで最低なの?」
「まっ、砂漠さえ超えれば大丈夫だから! それよりも……シェル国は今、要人暗殺がよく起こってるの。
そんな時に行くのは危険中の危険なんだけどね。いつ狙われてるのかわからないし。
でも、あの国にカースさんは必要よ。あの人がいるからこそ、外交が円滑に進む。だから失いたくないの」
光奈も光奈で国の事とか考えてるんだ。外交政治とか私たちの口だとテストのとき以外は出てこない言葉だっていうのに。
でも何だったっけ。シェル国、だっけ?
今日初めて聞いたからよくはわからないけど大丈夫かな? 要人暗殺とか、反乱の起こる寸前っぽいけど。
結局最初のあれは、よく読んでみたら国の為の反乱=反旗を翻す、じゃなかったとはいえ。
それを防ぐ為に云々、っていうのだったし。わかりやすい題つけて欲しかったよ。
「それと、人員は魔法が使える若いのを頼むって注文がついてたから、都合上キュラも一緒に行くことになったの」
「え? 行くことになったとか、聞いてないよ」
「だから今説明したじゃない。だいたい、今日来てねって伝達送ってたのに遅刻するし」
「知らないよ、お城からの通達者なんて来なかったってフェナスさんが……」
「説明はこれでおしまい! 出発は明日の八時。キュラは戻って旅支度しておいて」
「もー、相変わらず強引だなぁ。……わかったよ」
「じゃあ、みんなも明日は早いから早く寝てね。部屋は前と同じ。わかるでしょ?」

え? 前と同じって言われても。うーん……このお城の中で、私たちが行ったことのある部屋?
部屋、っていうとあのだだっ広いだけの部屋しか思い当たるものがないけど。ベットなんてあったかな、あそこ。
「もしかして、あのでかい部屋か?」
「そう、そこ。寝具もちゃんとあるんだよ。個室が良いなら用意するけど、皆で一緒に寝るほうが良いと思うよ?」
あのね光奈。あんなにも広い部屋で寝たらかえって落ちつけないよ。
『個室が良いに決まってる』
そりゃ、修学旅行とかみたいで楽しいといえば楽しいよ? でも、私はそれだと中々寝付けない。
皆の答えが同じだったから光奈は信じられないという顔をしたけど、個室に案内してくれた。
でも、やっぱり意味もなく部屋が広い。私の部屋が四つは入るよ!
部屋に家具もあるのにそれでもまだ入りそう。美紀の部屋でさえも二個は収まるよ。
ちょっと悔しくもあったけど、でもそんなことよりもこんなに広いと寂しさを感じることのほうが強かった。
光奈が皆一緒のほうが良いって言った理由が、わかるような気もする。
でもやっぱり、私は寝る時は……一人のほうが寝やすい……なあ。
「ふあぁっ……眠いや」
もう寝よう。夕方にこの世界に来たはずなのに、光奈の窓から見えた空はもう闇に包まれてたなあ。





NEXT